last updated 1997/07/01
第47話(全130話)
あれは何? これは何?(3/5)
でも、ぼくは何を求めたんだろう? 何も特に求めはしなかった。ぼくはただ、世界でいち
ばん美しい客船を見たいと思っただけだ。母さんを癒すために、茶色い花を求めただけだ。
ピートは首を傾げる。
〈そうじゃなくて、反対かもしれないよ〉
フィンフィンが言った。またピートの心を無断で読んでいたらしい。
〈反対?〉
〈うん。逆なんだって、そう考えてみたらどうかな〉
〈どういうこと?〉
〈このテオが何かを求めた。だからピートがこの世界に与えられた〉
〈ぼくが与えられた? 何それ〉
〈さぁ。ただの思い付き〉
フィンフィンは謎をかけておい、無責任にマリカのそばへ戻って行き、鼻歌なんか唄いはじ
める。その後ろ姿を呆気にとられたようにみつめながら、ピートはいままで最大の「?」マー
クを両手に抱えていた。
テオが求め、だからぼくが与えられた。
ぼくが何かを求めたから、それでテオへの旅が与えられたのではなく、その逆。
その可能性も、確かにある。
でも、じゃあ、いったいテオはぼくに何を求めてるって言うの?
風景へと問いかけてみた。
風景はマスターをやさしくみつめていた。
東から吹いてきた風が、ヒュンと鳴って、マスターの頬を撫でて西へ吹き抜けて行った。
まるでからかっているような風だった。
それが答え?
からかって遊ぶために、テオはぼくをここへ連れて来たの? 戸惑うぼくを見るのが面白い
から? テオは退屈しのぎを求め、そしてぼくが与えられたって、そういうこと?
ピートはフィンフィンへと心で問いかけようとした。
しかしその問いは発せられなかった。マリカが不意にワーターの背から悲鳴を上げて振り落
とされたのだった。
マリカは東のほうへと大きくカーブして流れの向きを変えている川を渡ろうとしていた。あ
くまでも南を目指して真っ直ぐに進む決心のマリカだから、川が東を目指すなら、それを横切
って進もうとしていた。そして川の中程までワーターを入り込ませた時、いきなりワーターが
水中へと強い力で引き込まれたのだった。ワーターの叫びが激しくこだました。風景のやわら
かな静寂は打ち破られた。激しい水飛沫。川へと沈み、そしてのたうちながら浮き上がって空
気を求めて喘ぐワーターの悲鳴。
すさまじく荒々しい光景が、ピートの前で展開された。あまりの突発事態にピートは体を竦
ませてしまう。マリカは? と頭の何処かをその疑問符がよぎった。
そうだ、マリカ! 彼女は無事だろうか。
ピートは慌てて川へと走り寄る。近づいて見て、はじめて何が起こっているのかがわかった
。川の中に蛇のような生き物がいて、それがワーターの足にからみつき、ワーターを水中へと
引きずり込もうとしているのだ。マリカは川岸へと泳ぎ戻ってきていた。ピートは跪いて彼女
を助け起こす。マリカは息を弾ませながらワーターのほうを振り返った。
「あれは?」
問いかけるピートに、マリカは応える。
「チイジイよ」
それだけだった。それ以上の説明はなかった。どういう生き物で何を求めてこういう生き物
として進化したのか、というような説明はいっさいない。そんな悠長なことしてる場合ではな
いから、ピートのほうもそれ以上は問いかけない。
ワーターは川の中で、水の流れに押されながらも必死に、チイジイの体を自分から引き離そ
うとしている。チイジイはぬめりのある真っ赤な色の蛇だった。蛇にいちばん近いとピートは
思った。手も足もなく蛇行して進むところは蛇と同じ。しかし背中には尖った鰭のようなもの
がついていた。尾はさながら鮫のように鋭角の二股になっている。蛇に背鰭と鮫の尾鰭をつけ
た生き物。それがチイジイだった。体長はまっすぐに伸ばしたら八メートルはゆうにありそう
だ。いまその長い体をワーターの足から胴へと回して絞め上げている。ギシギシと音を立てて
ワーターの骨が軋むのがわかった。激しい水しぶきがさらに激しく盛大に跳上がる。水しぶき
の大きさが、そのままワーターの必死の抵抗の激しさだった。
大丈夫。すぐにマリカが腰の剣を抜き、木々を飛び越えるほどの敏捷な動きでチイジイをや
っつけ、ワーターを救出するに違いない。息を整えて、チャンスを狙って、マリカは一気に川
へと身を踊らせるだろう。
そう思った。ピートはそうに違いないと信じていた。しかしいつまで待ってもマリカが動く
気配がない。ワーターの叫びは耳を弄するほどなのに、マリカはまだ動かない。
(つづく)
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